September 16, 2008
●【週刊ダイヤモンド】佐川急便、上場準備への焦りか? 貨物航空撤退で負った「多大な代償」
Close-Up Enterprise
週刊ダイヤモンド編集部
【第5回】 2008年09月16日
http://diamond.jp/series/closeup_e/09_20_001/
佐川急便、上場準備への焦りか?
貨物航空撤退で負った「多大な代償」
佐川急便グループは11月、傘下の貨物航空会社であるギャラクシーエアラインズを清算する。運航開始からわずか2年でピリオドを打つまでには、ギャラクシーへ出資した企業とのあいだに軋轢があり、今後の提携戦略に暗い影を落とす。ギャラクシーをめぐり何が起きたのか。スピード撤退の裏側を追った。
「今回の一件で佐川急便は社会的信用を失った」
ギャラクシーエアラインズの主要株主は怒りを隠さない。主要株主の多くは佐川急便グループの有力取引先でもある。今後の取引縮小にも発展しかねない状況にまで関係がこじれた経緯を説明するには、昨年末までさかのぼる必要がある。
佐川急便を中核とする持ち株会社のSGホールディングス(SGH)は2007年12月、ギャラクシーの株主各社を訪問し、ギャラクシーの07年度中間決算を報告するとともに、株式買い取りを申し出た。
ギャラクシーの資本金は50億円。SGHが自ら出資したのは55%。残り45%は10社が出資した。三井物産(出資比率15%)、日本航空(同10%)、住友商事(同7.5%)、海外新聞普及(OCS、同5%)などが主要株主に名を連ねた。「アジアの総合物流企業を目指す」という長期的な成長戦略が、物流事業を強化したい商社らに支持されたのだ。
06年10月に運航を開始したギャラクシーは、まず第1ステージとして国内で翌日配達可能な地域を拡大し、宅配便競合とのサービスの差別化を図った。自社でエアバスのA300型貨物専用機を2機保有し、羽田~北九州、羽田~那覇、関西~新千歳、羽田~新千歳の4路線に就航した。
が、07年度の中間期業績は大幅な赤字を計上した。機材の不具合や台風などで運休・欠航が増加したうえに燃油費が高騰。想定以上に整備・運航コストがふくらんだのだ。
SGHは株主に対し、08年度には債務超過に陥って大幅な減資・増資が必要になる可能性を伝え、時価すなわち出資額の3~4割で株式を買い取って、ギャラクシーを佐川グループのコストセンター(直接的に利益を生まない組織)にしたいと説明した。
突然の「ギャラクシーエアラインズ清算」
1年で見切る佐川に戸惑い憤る出資各社
「損だけ被って、手を引けというのか」
中長期スパンでの成長を見込んでいた主要株主勢は、就航からわずか1年での株式買い取り提案に驚きあきれた。買い取りに応じたのは、三井住友海上火災保険(出資比率5%)、佐川印刷(同2.1%)の2社のみだった。
半年後の今年5月、株式売却を退けた主要株主たちは耳を疑った。伝えられていたよりも1年早く07年度決算で21億円の債務超過に陥ったと知らされたのだ。株主各社は07年度に営業損失30億円を計上したことはすでに把握していたが、同年度は債務超過に至らないと認識していた。
「なんでいきなり債務超過になるんだ。株主に対する説明責任はどうなっているんだ」
債務超過を引き起こしたのは、“予定外”の会計厳格化だった。監査法人からの要求により、固定資産の減損処理および繰り延べ資産の一括償却が4月末に決まり、土壇場で24億円の特別損失を計上したのだ。
突飛な展開に株主たちが違和感と憤りを覚えるなかで、SGHは債務超過の解消策として減増資および株式併合を提案した。減資とともに新たにSGHが100億円の増資を行ない、株式を併合するという中身。
応じれば、SGH以外の株主は出資したカネを失い、出資比率は微々たるレベルに低下する。実質的に、SGH以外の株主にギャラクシーから手を引かせるものだ。
SGHが用意したギャラクシーの中期経営計画もまた、株主をいらだたせた。3ヵ年計画の見通しは全期赤字、最終年度も数十億円の赤字だった。
現状、ギャラクシーの貨物スペースを埋める荷物の8割は佐川グループであり、佐川との販売価格交渉がギャラクシーの業績を左右する。中計見通しも佐川次第。赤字の中計は、もはや他の株主とともに事業を継続する意思がないことの表れだった。
減増資・株式併合を実行するための株主総会は8月1日に予定された。SGHが提案する策が受け入れられない場合、法的整理がありうることが各株主に告げられた。
「ギャラクシーを佐川グループのコストセンターにするというのは、設立時に株主が共有した戦略と異なる。佐川の都合で戦略を転換したいのならば、出資額相当で買い取るべきだ」
株主総会が間近に迫った7月中旬、主要株主4社は減増資・株式併合に反対する統一見解をSGHに出した。同月17日に開かれたギャラクシーの取締役会は、見解を受けて株主総会の中止を決定。取締役会終了後、資金繰りのメドが立たないため運航を停止せざるをえないと株主へ報告した。
結局、8月4日に事業停止と清算の方針がギャラクシー取締役会で決議され、翌日、株主説明会を実施するとともに国土交通省へ事業廃止届を提出した。10月上旬に全路線を廃止し、11月に清算手続きを行なうスケジュールが対外的に発表された。
賛同なきままの清算に関係者唖然
今後の関係にしこりが残るのは必至
SGHにも言い分はある。
「黒字化が見通せないなかだったが、会社を立ち上げた経緯や社会的責任を鑑み、赤字を覚悟して引き取るしかないという覚悟だった」。
黒字化の見通しを示せなかった中計には、「それぞれのコストは一朝一夕に削減できる水準ではなく、グループの中での吸収もできなかった」と釈明する。業界首脳のなかには「燃油高で市場環境があまりにも悪い。傷が浅いうちの早い決断を評価する」という声もある。
しかし一方で、佐川は株式上場の準備を進めており、黒字化に時間を要する不採算事業を早く整理したかったのではないかという見方が業界内にはある。
ギャラクシー立ち上げが決まったのは、上場の検討が本格化する以前。上場を意識した現在の経営戦略と、ギャラクシー設立に力を注いだ当時の経営戦略の中身にはずれがあり、かなり早い段階から事業撤退を検討していたともいわれる。少なくとも、中長期スパンでの投資と考えていた株主各社において、戦略を共有していく“期待”が“失望”に変わったことは間違いない。
ギャラクシーの第2位株主である三井物産は、日本航空と貨物事業での提携を検討するなど、積極的に複数企業と交渉し、物流事業への投資に並々ならぬ意欲を見せている。佐川とのさらなる連携も選択肢にあったはずだが、ギャラクシー問題で生じたしこりは今後の協力関係の強化に二の足を踏ませることになるだろう。
運輸業界は今、合従連衡(がっしょうれんこう)の真っ最中にある。各社がこぞってアジア圏での展開を目指し、機能を相互補完するためのパートナー探しに躍起だ。佐川のライバルである業界首位のヤマトホールディングスもアジア圏へ事業を拡大させて手続きや決済などを含むドア・ツー・ドアのトータルサービスを提供する体制の構築を中期戦略に据え、「国内外で積極的にコラボレートする」(木川眞・ヤマト運輸社長)と明言、提携相手を模索している。佐川と株主企業の悶着は、敵に塩を送るものとなりかねない。
国内の宅配便市場に目を転じると、2強のヤマトと佐川が伸びを見せているものの、ヤマトを猛追していた佐川にはかつての勢いがない。03年度にヤマトとのシェアの差を3%を切るまで縮めたが、04年度以降は再びじりじりと差が開いているのだ。
06年3月に持ち株会社制に移行し、宅配依存から脱却するために事業の多角化を進める佐川グループ。ギャラクシー清算のプロセスに漂う不透明感と本業の減速感は、どちらも1兆円企業へと飛躍する過渡期の一時的な歪みなのだろうか。
いずれにせよ、パートナーとの関係を崩し、社会的信用を落とした代償は大きい。
(『週刊ダイヤモンド』編集部 臼井真粧美)
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